三島北高百年

私が高校時代を過ごした、静岡県立三島北高校が来年、創立百周年を迎えるという。

百年、間に戦争をはさんでいることを考えると、重く気の遠くなるような歳月に思われる。
しかし、私が在校していたのが四十年前であることを思えば妙に納得してしまう年月でもある。

三島高女と呼ばれていた時代を経て、戦後暫くたって男子が居た時代もあったと聞くが
、私が入ったころは、女子ばかりの県立高校だった。
一年生の時に宮町にあった木造校舎から、文教町の鉄筋の新しい校舎に移った。

校庭から見える富士山と校舎の横にある小さな林が好きだった。
女子ばかりというのも、何かおっとりした感じで私に合っていた。

一年生から三年生までずっと仲良しグループでいた友達は、
今、子育ても終わり、皆一様に自分の人生を楽しんでいる。
お家を訪ねあったり,今でも「○○ちゃん」と呼びあうかけがえのない友人たちだ。

ここに、茶色に変色した表紙に「創作ノート」と題した一冊の大学ノートがある
。頁を繰ると万年筆の文字がびっしりつまっている。

国語の授業の一環として、生徒が読んだ本の感想から詩、エッセーなどその時思ったこと感じたことを綴り、
先生がそれにこたえて丁寧な感想を書いてくださったのが創作ノートだった。
私は、赤インクのやわらかな文字で書かれた先生の言葉が楽しみで、迷いや悩みなども率直に書いた。

ー美しいものは、あると感じる人の、心の中にのみあることになるのです。
あなたはその意味で、きっとたくさんの美しさを見つけていけるでしょう。
そんな気がします。うわべだけでない、美しいものを、ちゃんと見つけていって下さいー

こんな言葉も書いてくださった高橋ヱツ子先生は、
今年喜寿を迎えられ、なお凛として美しく年を重ねておられる。
私の舞台を必ず観に来て下さり、その後感想を書いた長いお手紙を下さる。
先生と私の創作ノートは、今も続いているのだ。

人生で最も多感な時代に,良い友、良い先生と出会えた北高の、
豊かな流れがいつまでも受け継がれていくように願っている。

(静岡新聞「窓辺」2000.3.11より)


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