俳優の「宿題」

学生生活を終えた時、
ああこれでやっと「宿題」や「テスト」から解放されると思ったものだ。

しかし俳優の仕事に就いて間もなく、それは大きな勘違いだということに気づかされた。
一つの役(芝居)を演じる時、
その役の置かれた状況、時代背景などを識(し)るためにやらなければならない「宿題」が、 常に山ほどある。
そしてそれらの積み重ねが、観客の前でドキドキしながら「テスト」を受けるというわけだ。

本来怠けたがりの私の裡(うち)なる虫も、余儀ない宿題やテストを前にして、おとなしく引き下がるしかない。
ありがたい仕事を選んだものだと思うことになる。

今公演中の「わがババわがまま奮斗記」では骨粗鬆症で寝たきりになった老婆を引き取り、
その介護に悪戦苦闘する、作家の脇坂洋子という役をやっている。
洋子は「家族や女にだけ介護を押しつけるのには大反対!」と叫び、なんとかしなくちゃと頑張っているのだから、
私も洋子に負けないようにそれらのことを学んでいかなければならない。

この芝居を企画した四年前に比べ、昨今新聞でもテレビでも老人介護の問題をとりあげていない日はない。
いよいよ四月一日から実施される介護保険制度に関しての記事の切り抜きも、私の宿題ファイルにいっぱいになっている。

識る作業というのは、情報が多ければ多いほど、ある安心感と、それに伴った選択肢が与えられるものだと思っていた。
が、介護保険制度のそれに関しては、その量に比例する「宿題」が課せられているように思う。
この大きな宿題は二、三十年後には人口の四人に一人が高齢者という現実を前にしたこの国の一人ひとりが、
明日は我が身のこととして、考えていかなければならないことだろう。

さて、今回でこの「窓辺」の私の担当は終わる。
書くということの宿題を抱えて、毎週四苦八苦だったが、
終わってみるとこの掌に、小さな宝物をのせた気もする。
読んでくださった皆さまありがとうございました。

(静岡新聞「窓辺」2000.3.25より)


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