樹が大好き

この冬一番の冷え込みだという日の朝早く、久しぶりに小中時代を過ごした学校に行く機会があった。
「永六輔、その新世界」という民放のラジオの、
都内近郊の懐かしい場所を尋ねる、というコーナーに出演のためだった。

生放送ということもあり、少し早めに家を出たので、
武蔵野市にある成蹊学園に着いたのは、放送開始よりかなり前だった。

車から降りて見上げると、校門に続く欅(ケヤキ)並木の枝の先が、
よく晴れた蒼い空に、繊細な幾何学模様を描いている。

「ああ、おんなじだぁ」と思わず呟く。
小学生の時も中学生の時も、冬の日はこの欅の枝いっぱいの空を見上げながら登下校した。
空ばかり見て歩いていたから、よく転んだ。
理由を知らない母は、「藍子はよく転ぶけど、足が弱いのかしらねぇ」と言って、
赤チンキを塗ってくれたっけ。

校門から小学校舎に行く道は、桜並木が続いている。
大学、高校も擁する校内だから少々距離がある。
春には桜色のトンネルが見事で、今でも四月の二週目の日曜日には、
学園の桜祭りがあり、その日だけは、ふらっと行けば桜の下で懐かしい顔に会うことができる。

それにしても、と思う。
欅も桜も桃も楓(カエデ)もヒマラヤ杉も校庭のそこここにある木には、
私の少女だったころと変わらず、元気で長生きしているなあ。
「樹が大好き」という私のルーツは、ここにあるのかもしれない
、いとしさに思わず傍らの古木の幹をなでている時、永六輔さんのお元気な声で番組は始まった。

「長山藍子さんが出演されるという先週の予告でたくさんのお手紙をいただいてます」と
紹介されたその内容は、長い間私のことを見ていて下さって本当にありがとうございますと、
頭が下がるような、しみじみ嬉しいものばかりだった。
少女期を過ごしたこの場所に立って、
今、たくさんの方たちに支えられて年輪を重ねた私が、さらに太い幹の永さんとお話しをしている。

冬の太陽が次第にその位置を高くして、木々の落とす影も根元に寄りそい、
土の校庭の霜柱が解けてきらきら光りだしていた。

(静岡新聞「窓辺」2000.1.29より)


戻る
エッセイTop
次へ