音楽

仕事先から帰宅すると郵便物の中に手のひらに乗るほどの薄くて四角い小包があった 。
差出人の名前に遠藤剛史とある。

「まあ覚えていてくださったんだわ」と、わくわくした気持ちで中を開くと
「UNE FLUTE INVISIBLE-見えない笛-」と題された美しい装幀のCDが出て来た。
部屋いっぱいにフルートのやわらかな音が広がる。

遠藤剛史氏とは、一月の芸術祭賞の授賞式の時に初めてお目にかかった。
音楽部門で二度目の受賞をなさった遠藤さんにお声をかけていただいてお話しするうち、
CDを送ってくださるというお約束をしていたのだ。

十九世紀後半に作られたというフルートと、同時代のピアノを使っての演奏は、
ふと今が二十世紀であることを不思議に感じるほどの、透明な響きと新鮮さで胸にせまる。

フルートを好きになったのは、二十歳のころだったか。
俳優修行の合間にモダンジャズ専門の深夜喫茶に通いつめて、今の若者がウォークマンを聴くように、
喫茶店中「音ばっかり」という中に居るのが快感だった。

ハービーマンが来日し、さっそく聴きに行ったら、
そのフルートの生音のあまりの素晴らしさにすっかりはまってしまったのだ。

それからはコンサート通い、シャル・アズナッブール・イヴ・モンタン、
ウェスタンのもの悲しすぎて陽気なところが大好きでハンク・ウィリアムスのファンだった時もある。
クラシックは流行歌と同じ次元で身近にあったといったら叱られるかもしれないが、
始まりはモーツァルトだった。
コンサートに行き、前から三番目の席でラヴェルの「ボレロ」を聴いているうち、
同じ旋律の繰り返しにだんだん自分が追いつめられる感覚に陥って涙が止まらなくなり、
ロビーに逃げ出したのも若かったからかー。

とにかくあの時代、音楽がきちんとセクションをもって満ち溢れていた。
音楽は人が生きてきた軌跡としても大きな存在だった。今はどうなのだろう。

そんなことを、遠藤氏のフルートの音色で透明感を増してきた部屋の中で思っている。

(静岡新聞「窓辺」2000.2.19より)


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