劇団回想録1 「36年前のこと」
横井徹(1966年入団 現在劇団朋友取締役)



もう三ヶ月ほど前になるのか、T君より電話があり
「『オッペケペ』を探している、持っていないか」との事。
早速本棚を探してみたがみつからない。

おかしいなと記憶をたぐると、昨年、福田善之氏の作品集三冊を
知人に貸したままになっていたのを思い出した。
そこで問い合わせてみたが判然としない。困ったものだ。
そこで致し方なく古本屋を数軒まわってみたが勿論ある訳がない。
そうだ! 文庫でも出版されていたことに気がついた。

さっそく文庫のしまってあるケースをひっくり返して探してみたら
隅の方から帯が茶色に変色した「真田風雲録」が見つかった。

昭和38年(1963)
「オッペケペ」が俳優座劇場で初演された時
僕は養成所の三年生で客席にいた。
そして次の年、卒業と同時に劇団に入りました。
「オッペケペ」の再演の時には「俳優乙」という役を頂き舞台に立った。これが劇団における僕の最初の舞台という訳だ。

「オッペケペ」は大変な評判をとり全国を巡演した。
僕も俳優兼裏方として参加し、いろいろと勉強させてもらった。
が、何故か今も思い出すのは旅の宿のことばかり。

確か浜松が旅の初日でした。
舞台を終え、道具のバラシ・トラックヘの荷積みも終わって
遅くに宿へ戻ってきたら、食卓には冷えた草履のような
薄いカツが待っていた。
トンカツの、冷えて油の白く固まったのも
なかなか他所では味わえないオツな味がした(笑)

青森の宿では、朝目が覚めたら枕元に雪がつもっていた。
これもなかなかの風情で今も忘れられない。

「オッペケペ」で始まった僕の劇団生活も三十五年余り。
いろいろあったが過ぎてみれば、さほどの長さも感じない。
光陰矢の如し。これからも芝居を続けて行くしか能がない。

長い劇団生活の中でも今のように
『女たちのジハード』『わがババ わがママ 奮斗記』
と東京公演を続けてしたというのは初めての経験だ。
しかも二本とも書き下ろしの創作ものだ。
これはやっぱり画期的だ。
そして、劇団ニュースも創刊したわけだが
(昔、劇心という機関紙があった)これも懐かしいことだ。
借金もあるが、これからも生活に根ざした演劇を
多様に展関してゆきたいものだ。


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