劇団が三鷹台に稽古場を持った頃の話
西海真理

中学、高校と運動に明け暮れていた私は、学生生活最後の大学では、
何か文化的な部活に入ろうと決めていた。
大学は、圧倒的に男性が多く、演劇部も女性が不足していたらしく、
毎日教室にスカウトに来た。
「一度だけでいいから出てくれないか?」
その言葉に一度だけと入部してしまった。
そして、そのまま、のめり込んで4年間。
4年の時には、劇団の養成所に通いたいと思い始めていた。
思い立ったらすぐ行動に移したい。

大学は飯田橋にあったので、両立するには、一番近い養成所をと演劇雑誌をあさった。
六本木に住所のある劇団がひとつ見つかった。名前は劇団新人会(今の朋友)。
劇団が何を目指しているかではなく、
養成所が終わって、大学にかけつけられると言うことが唯一の条件だった。

試験を受けた。
難関を突破し
(信じられないかもしれないけど、その頃は、120〜130の受験者がいたのですよ)
入所式の連絡が入った。
やったー!
入所式の場所は、六本木ではなく、江古田と書かれてあった。
えっ、そんな、どうして?
とにかく行ってみた。 その日は大雨。
雨にぬれながら、道々、やっぱり六本木よりちょっとあるよなーと思っていた。

入所式での第一声は、「明日からは三鷹台の稽古場に移るから」
えっ!耳を疑った。
六本木でしょ、六本木!
「これからは、ジプシーで稽古場を移らなくて良くなった。三鷹台に稽古場を借りた」
なんだってぇー! そんなー!
飯田橋から、新宿。新宿から京王線で明大前。又乗り換えて井の頭線で三鷹台。
うそでしょー!とほほ!

でも、頑張って、通った。
<花の3期>と言われていた私達(正しくは自分たちで名づけた)。
入所した当初は、50人近くいた<花の3期>も今では、たった3人になってしまった。
その中に、まだいる私。
最初から三鷹台と知っていたら、わたしは、絶対に朋友にはいなかったでしょう。
人生って・・・・不思議。
当時は借りていた稽古場も、買取り、昨年は改築してリニューアル。
昨年のアトリエ公演「法王庁の避妊法」も無事終了した。

時は過ぎて行く。